*********** 第2回 パワーアンプ編 ***********
パワーアンプについて
ディジタルアンプとSITにはまで手をつけておりませんが、数10年来、真空管を使ったいわゆる管球アンプに始まって、時代の変遷とともにバイポーラトランジスタ、FETと、いろいろな素子を使ったアンプを手がけてきました。その中には人の耳には聞こえにくい20kHz
を扱う超音波金属疲労破壊試験機用パワーアンプもあります。その間、最も印象に残るのは、トランジスタという真空管以外のディバイスでアンプができるようになったことと、UHC
MOS FET の出現によって素晴らしい音のアンプを手にすることができたことです。
現在、オーディオ用パワーアンプとしてはUHC MOS FET DC パワーアンプ以外作りません。馬力はあるけれどじゃじゃ馬のように手の負えなかった
UHC MOS FET を飼いならすことに成功し、従来の FET パワーアンプを凌駕するようになったからです。
まず、手短にパワーアンプ一般論から始めましょう。多くの人は電力増幅回路がスピーカーを駆動すると思っていますが、電力は電源が供給しており、電力増幅回路は弁の役割を担っているに過ぎません。水源地からパイプで水を引いてきてお風呂に入れる場合、アンプは水を出したり止めたりする水道の栓に相当します。水源地に十分な水があり、太いパイプを引いてこない限り、お風呂にすばやく水を張ることはできないと同様、水源地に相当する電源は極めて重要で、いくらよいアンプを使っても音響エネルギーの供給源である電源が貧弱ではその効果を発揮できません。
それではどのような電源が必要でしょうか。まず第一は出力インピーダンスが低いこと、次に出力電流にノイズ成分が少なく、周囲の電子回路に影響を及ぼす漏れ電界、磁界を発生しないことです。スイッチング電源もかなり前からオーディオアンプに使われるようになってきましたが、ノイズの少ないものを作ろうとすると高価になるのでまだあまり普及していません。ほとんどはトランスで電圧を下げ整流器で整流し、キャパシタで平滑して必要な直流を得ています。出力インピーダンスを下げるため、1V当たりの巻線数が少ないショートリング付きのトランスを2個並列に接続して使用します。1Vあたりの巻線数が少ないと巻線の全長が短くなる上に太い線が巻けるので、内部抵抗が低くなります。しかし、巻線のインダクタンスが小さくなるために無効電流が多く、2次側から電流を取らなくても暖かくなりますが止む得ません。1次側を2個並列に接続したトランスは、独立した高速ダイオード整流回路に接続され、それぞれの直流出力をまとめて大容量のキャパシタに供給し電源とします。メーカー製アンプでもしばしば見うけられますが、同じトランスを2個並列使用すると、出力側から見たトランスの内部インピーダンスが半分になるのみでなく、2個のトランスの配置と結線方法を工夫することによって周囲の電子回路に影響をあたえる漏れ電界、磁界の発生を劇的に減らすことができ、ショートリングより効果があります。アンプ製造のノウハウの一つです。既製品のトランスを使うときは必ず巻線の直流抵抗を測り、その巻線にかかる交流電圧で割った値(
** mΩ/V)を調べます。やたら太い電源コードを使わないと気の済まない人がいますが、1次側交流100Vの回路を構成する銅線全長の大部分は、トランスの中の巻線であって部屋のコンセントからアンプまでのコードはほんの一部分にすぎませんので、その効果は限られていますし、貧弱なトランスが使われている場合はほとんど意味がありません。
7年ほど前だったと思いますが、真空管からバイポーラトランジスタ、FETアンプに乗り換え、さらにFETのパラレル接続を試みていました。丁度その頃、アマチュア技術雑誌にUHC
MOS FETによるパワーアンプの試作記事が掲載されるようになりました。UHC MOS
FETはUltra High Current Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor
の略称です。 Ultra High Current は俗称で、大電流をオンオフするために製造されたスイッチイング用トランジスタ、オーディオ用に開発されたものではありません。コンプリメンタリーもありませんし、耐圧も±60Vまでがほとんどです。最大の特徴はgm
が大きい上にオン抵抗が数10mΩ程度で驚異的に小さく、特性は真空管に似ています。FETにもかかわらず、熱暴走しやすく、当時の記事を見ると皆さん安定化に苦戦した様子がわかります。FETアンプのパラレル接続で期待していたほどの改善がみられず失望していたときでしたので、少し遅れて試作を始めました。御多分に漏れず熱暴走に悩まされましたが、だましだまし鳴らしたところ、音のよさに驚嘆しました。それが病みつきになって実験を繰り返した結果、完璧な安定化に成功し完成したのが、現在のUHC
MOS FET DC パワーアンプです。
UHC MOS FET には熱暴走以外に入力容量が非常に大きいと言う問題点があります。大きな入力容量を駆動するには出力インピーダンスの低いドライブ回路が必要で、ドライブ段が弱体ではUHC MOS の長所は台無しです。さいわい、大容量負荷に耐えられるラインドライブアンプが出来ていたので、その回路を流用して簡単にクリアーできました。
UHC MOS FET DCパワーアンプ は、ドレイン電圧±30V、バイアス電流300mA
で、家庭で使用する場合は、よほど能率の低いスピーカーでないかぎり、かなりの音量でもA級動作の範囲内です。利得は20db、直流増幅器ですが、電源オンオフ時の出力電圧動揺が少ないのでリレーを使用しておりません。
このアンプの要諦は、非常識と思われるくらい余裕のある電源を使用することと、プリアンプ同様、トランジスタの選定です。全段コンプリメンタリーですので、すべて測定、選別しペアーを組みます。特にドライブ段のMOS FETと出力段のUHC MOS FET は入手困難で、選別漏れの在庫の山ができています。これが、アマチュアーにとっては相当の負担になるでしょう。
パワーアンプ製作に際して注意しなければならないのは、UHC AMP に限らず、放熱、重量バランス、ノイズ対策の三つです。あちらを立てればこちらが立たずと言うことになりがちで、部品の配置が適切でないと始めから作りなおしになってしまいます。UHC
MOS FET DC ステレオパワーアンプは約40Wの電力消費がありますが、大型の放熱器をアルミ製の筐体に密着させて熱を拡散させています。重量バランスをとるためにトランスを中央に置くと、ステレオアンプの場合、よく左右のアンプがその両側に配置されます。しかし、この配置は、左右アンプの回路でトランスを一周する閉回路が形成されやすく、思わぬトラブルの原因になります。パワーアンプ単独ではノイズはまったく出ないし、左側あるいは右側入力のみをプリアンプに接続しても問題がない。ところが、左右同時にプリアンプにつなぐとノイズが現れるという奇妙な現象が起き、プリアンプの所為にされてしまうことがあります。しっかりしたショートリングのついたオーディオ用トランスでも起こりますから油断はできません。最善の方法はショートリングを施したトランスを2個使い、漏れ磁束が打ち消されるように接続、配置した上、電源をアンプとは別のケースに入れることです。
(by 師匠A.K.)
2007.02.027
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